マストドン・マネーを支えるマンスリー・ドネーションの文化

クラウドファンディングのなかでも、月ごとに決まった金額を寄付する形式のものを、本稿では「マンスリー・ドネーション」と呼ぶ。そもそも、マストドンの開発費用はPatreonというマンスリー・ドネーション・プラットフォームで調達された。マンスリー・ドネーションの普及とマストドンのブームがうまく複合し、少なくない額の寄付金を集めるインスタンスも出現している。

一方で、寄付金がインスタンスの運営に使われなくなってからも、惰性で寄付が続けられているらしき事例が散見される。特にEntyでは、寄付を受ける側が寄付を断ることができないというシステムの欠陥があり、問題になっている。

マンスリー・ドネーション・プラットフォーム

さまざまな立場の企業や個人がマストドンのインスタンスを運営している。個人が運営するインスタンスのなかには、ユーザーから寄付を受け付けているものがある。

クラウドファンディングのうち、月ごとに決まった金額を寄付する形式のものを、本稿では「マンスリー・ドネーション」と呼ぶ。海外のマンスリー・ドネーション・プラットフォームとしてPatreon [1] が知られている。マストドンの開発者であるGargronは2,967ドル/月 [2] の寄付を受けている。他のマストドン関係者では、mastodon.cloudの運営者が238ドル/月 [3] を得ている。

国内の、日本円で決済が可能なマンスリー・ドネーション・プラットフォームは、Enty [4]、ファンティア [5] などが知られている。また、プラットフォームを通さず、ビットコインによる直接の寄付を受け付けているインスタンス [6] もある。このうちEntyは月あたりの寄付金額が公開されているので、国内のマストドン関係者が得ている寄付金の額を以下の表にまとめた。

備考に「多目的」とあるのは、寄付金の使途をマストドンのインスタンスの運営に限定していないことを意味する。寄付金の額が1,500円/月未満のインスタンスは省略しているので、合計金額は表内の数値と一致しない。

ここで注釈が必要なのは、寄付金額1位のぬるかる氏の寄付金が、実際にはmstdn.jpの運営に使われていないことである。ぬるかる氏のEntyの投稿 [7] で明らかにされているように、mstdn.jpの運営はドワンゴ社の傘下で行われるようになり、Entyの寄付金は個人のプロジェクト、具体的には「ウェブベースのシンセサイザー」の開発に使用される。

いずれにせよ、この表を見る限り、計算機資源の代金をまかなうだけでなく、ちょっとした副収入になっているインスタンスもあるようだ。マストドンの開発費用がPatreonで調達されているだけでなく、インスタンスの運営においても、マンスリー・ドネーションの普及とマストドンのブームがうまく複合したことが功を奏している。

オタジョドン鎖国の是非

オタジョドン (otajodon.com) の運営者は鎖国の事実を公表していない。ここで鎖国とは、連合タイムラインに他のインスタンスのトゥートが表示されないことと、リモートフォローができないことを意味する。マストドン速報 [8] がオタジョドンの鎖国を確認したのは2017年7月10日である。

マストドン速報は、他に鎖国しているインスタンスとして鹿トドン (mastodon.nara.jp) を挙げている。マストドン速報の別の記事 [9] では、鹿トドンの鎖国の理由としてサーバー負荷対策を挙げている。しかしながら、オタジョドンのローカルタイムラインの流速を調べると、5月から6月半ばにかけて流速が急落している。鎖国の理由が計算機資源のコストだとすると、流速が下げ止まった後に鎖国することと整合しない。なお、グラフの縦軸はトゥート/日である。

オタジョドンの運営者のアオヤギミホコは、Entyの投稿 [10] で、6月30日にメッセージを発している。この投稿の公開範囲はEntyの支援者のみに限定されているので、引用に必要な範囲のみを残し、そうでない部分はモザイクで隠して引用する。この投稿では、オタジョドンの運営について7月中に何らかの発表があることを予告しているが、鎖国についての言及はなく、7月を過ぎても追加の情報は出されていない。また、Entyの支援者に対しては「支援のストップ」を呼びかけている。「Entyの仕様上」、寄付を受ける側が寄付の受付を停止することはできないようだ。

まず言えるのは、業務連絡を有料コンテンツにするのをやめろということだ。この「重要なお知らせ」を読むためにアオヤギミホコに寄付した人もいるかもしれない。ぬるかるも寄付金の使途の変更をEntyの投稿で連絡したが、公開範囲はパブリックに設定されている。いずれにせよ、インスタンスの /aboutか /about/moreに書けば、より多くの人に見てもらえるだろう。

無に対する支払い

「無」に対する支払いを受け取ってしまったとき、私たちはどのように行動すべきだろうか? ここで、マストドンともマンスリー・ドネーションとも直接の関係はないが、別のクラウドファンディング・プラットフォームであるVALU [11] で起きた騒動を見てみよう。

岡田有花のVALUが優待を設定する前に売れてしまったときは、怖くなってすべてのVALUを買い戻した [12] という経緯がある。対照的に、小林銅蟲のVALU [13] が優待を設定せずに売れたときは、獲得したビットコインを公然と換金した [14]。

オタジョドンは「無に対する支払い」が発生することを避けるため、最小限のサービスを維持している。鎖国により管理と計算機資源のコストを抑えているものの、オタジョドンは本稿執筆時点でも稼働している。無に対する支払いへの対処法としてどの方法が望ましいか、インターネットは模索期にあるようだ。

Enty退会できない問題

とはいえ、無に対する支払いが問題になるのは、VALUとEntyに固有の現象であるように思われる。Entyは、児童のように見える画像 (非実在児童ポルノですらない) を削除 [15] してユーザーの反発を受けた過去がある。この騒動で、Entyは退会することができない仕様である [16] ことも、あわせて問題となった。

記事執筆時点では、Entyのプランを変更 [19] または廃止 [18] することが可能であるようだ。ただし、ウェブの操作では完結せず、運営者 (Enty) の審査を通るようになっている。また、退会は依然として不可能 [17] である。

対照的に、ファンティアは、プランを削除 [20] することも、ファンクラブを閉鎖 [21] することも可能である。これらの削除と閉鎖が実際に反映されるのは翌月末である。これは、寄付を受ける側の利便性と、寄付する側への周知期間がほどよくバランスした、よく考えられた仕様であると言える。

吾輩は猫である [22] の11話には、「僕は大学の貸費を毎月毎月勘定せずに返して、しまいに向こうから断わられた事がある」という苦沙弥先生の述懐がある。無に対する支払いを続ける支援者は、よほど人がいいのか、あるいは単なる惰性なのか。寄付を受ける者は毎月の副収入になり、プラットフォームも10 % の手数料を得る。無関係の第三者が目くじらを立てるほどのことでもなかろう。

参考文献

[1] Patreon, Inc., Patreon, https://www.patreon.com/

[2] Gargron, Gargron is creating Mastodon, https://www.patreon.com/mastodon

[3] Valentin Ouvrard, Valentin Ouvrard is creating Mastodon.cloud, https://www.patreon.com/ValentinOuvrard

[4] 株式会社onetap, Enty, https://enty.jp/

[5] ユメノソラホールディングス株式会社, ファンティア, https://fantia.jp/

[6] mastodon.to, https://mastodon.to/about/more

[7] ぬるかる, mstdn.jp近況報告&お知らせ, https://enty.jp/posts/53420

[8] マストドン速報, otajodon、鎖国する, https://masto.news/2017/07/10/otajodon/

[9] マストドン速報,【速報】1400人以上が利用する鹿トドン、完全孤立を決定, https://masto.news/2017/05/09/%E3%80%90%E9%80%9F%E5%A0%B1%E3%80%911400%E4%BA%BA%E4%BB%A5%E4%B8%8A%E3%81%8C%E5%88%A9%E7%94%A8%E3%81%99%E3%82%8B%E9%B9%BF%E3%83%88%E3%83%89%E3%83%B3%E3%80%81%E5%AE%8C%E5%85%A8%E5%AD%A4%E7%AB%8B/

[10] アオヤギミホコ, Enty支援者様に重要なお知らせ, https://enty.jp/posts/55124

[11] 株式会社VALU, VALU, https://valu.is/

[12] 岡田有花,「VALU」やめました やめるのは、とても大変でした, http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1708/04/news024.html

[13] 小林銅蟲, 小林銅蟲's VALU, https://valu.is/negineesan

[14] 小林銅蟲, そんなわけでVALUのなんだかわからない儲け1.54 BTCが約60万JPYになり口座に入ってきた, https://twitter.com/doom_k/status/900227668788072450

[15] 高村武義, Entyが「児童に見える」イラストを非公開措置, https://togetter.com/li/1117739

[16] 高村武義, Entyはクリエイターが退会したくてもできない仕様だった模様, https://togetter.com/li/1129137

[17] Enty, 退会について, https://enty.jp/blogs/38

[18] Enty, サービスの提供を辞める場合, https://enty.jp/blogs/61

[19] Enty, 提供サービス(プラン)を変更する場合, https://enty.jp/blogs/62

[20] ファンティア, 一度作成した会員プランは削除できますか?, https://fantia.jp/help/faq#p1-6

[21] ファンティア, 開設したファンクラブは閉鎖できますか?, https://fantia.jp/help/faq#p1-8

[22] 夏目漱石,「吾輩は猫である」

[23] 墓場人夜, 流速計が暴いたマストドンブーム《裏の顔》, https://hakaba-hitoyo.github.io/distsn/speed-mater-2

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